死神の祝福
現世に出ると、びゅう~という冷たい風が死覇装をはためかせた。風が強い割りに寒くはなく(氷雪系が寒がるのも変な話ではあるが)、私は空座町の夜空を駆ける。駅前は電球で彩られ、きらきらとしている。イルなんとかだか一護が言っていたが聞き流していたのでよく覚えていない。今日は休みなのか、夜分ではあるが楽しそうな人々で賑わっている。
街の中心を離れ、目的の地へ向かう。道中足元を見下ろせば、小さな洋菓子店に警備員が2人もいて、列をなす車を狭い駐車場に案内していた。寒空の下、働く彼ら彼女らにも、暖かい家族が帰りを待っているのだろうか。そうであって欲しい、死神だというのに柄にもなく、私は願う。
シンとしている住宅街にも、ところどころ電球の装飾を施しているところがある。さっき通り過ぎた小児科はまるで遊園地のようだったぞ?ここもすればいいのに、遊子なんか喜ぶのではないかと思い、私は黒崎医院の屋根に降り立っつ。
霊圧は消している。これは、さぷらいずというやつだ。しっかり抱えてきた、赤と緑の飾り紐で括られた大事な荷物を抱え直す。
窓に近寄ると、外を見ていたらしい窓の向こうのコンと目が合う。居ったのか貴様!?向こうも驚いたらしいが、声を出させないようにと、私は自分の人差し指を口元に持っていく。しぃー!コンに私の意図が伝わったらしく、奴は部屋に居るのだろう一護と私をオドオドと交互に見遣り、終いにしっかりと頷いてくれる。よしコン、良い子だ。しかしすまんな、貴様への贈り物は尸魂界に置いてきてしまった。いや、だって現世にきていると思わなかったのだ…すまぬ。
こっそり、こっそり。部屋の中を盗み見ると(窓掛くらい閉めぬのか?)、一護は机に向かって勉強しているようだった。クリスマスにも勉強とは真面目な奴だ。そういえば、もう少ししたらナントカ試験がどうのこうの言っておったような気がする。受験生は大変なのだな…。さて。そんな真面目で良い子の黒崎一護くんには、死神兼サンタの朽木ルキアさまが、プレゼントを・・・
ガラッ
「ったく、てめーは何してんだよさっきから」
「ぎゃあっ!?い…一護!何故分かった?!」
「コンが視界の隅で挙動不審だったからな。浦原さんからこんなのも預かったし」
はーあ、とため息をついて肩を回しながら(ボキッといったが大丈夫なのか?)、一護が開けた押入れには…
「…な、」
「義骸。浦原さんが今朝窓から来て置いてった。おまえが来るだろうからってさ」
……ああ、これが。これがさぷらいずというやつか…。
度肝を抜かれた私は、草履を脱ぐのも忘れたまま、一護の布団の上で立ち尽くす。一護の部屋はあたたかく、凍っていたわけでもないのに、頬がゆっくりと溶かされていくような感覚を覚える。寒くないようになのか、押入れで眠る私の容れ物には、よく見るとご丁寧に毛布が掛けられている。
「義骸入れば?ケーキくらい食ってくだろ。遊子が作ったやつ。」
「…あ、ああ。では…」
「姐さん姐さん、ところでソレ、何です?」
「…あ。あ…一護!」
部屋を出ようとする一護を呼び止める。どした、と問いかけるこいつが優しい気がするのは何故なのか。いや、一護はもともと優しくて良い奴だ。だからサンタクロースが来てやったのだぞ。
「あの…メリークリスマスだ。」
きょとんとした一護はやがて破顔する。その笑顔と「ありがとな」という言葉で、私の胸の内はじーんとあたたかく、そして熱くなってしまったのだった。
***
あとでゆっくり見る、と一護は大事そうにプレゼントを机に置いて、ケーキを取ってくると言って部屋を出て行った。トン、トン、と階段を降りる音が聞こえる。達成感で私の気持ちはだいぶ高揚している。
「姐さん嬉しそうっすね」
「ん?ふふ…まあ、そうかもしれんな」
「ところで~、俺様へのプレゼントってえ~」
「ああ、すまんな、尸魂界で渡そうと思ってな…持ってきておらん」
「な…ああ、はい…。あっ!でも、用意してくださってたんですね!姐さん!」
「まあな。貴様にも色々世話に…なっているかどうかは、関係ないな…」
喜びを身体(?)全体で現してぴょんぴょんと踊るように跳ねるコンはチャッピーみたいだ。まあ、好きにさせておくか。押入れに上がって義骸へ入ると、毛布の柔らかさを感じる。防虫剤のにおい。このまま眠りたい。いやしかし、せっかくの遊子のケーキだ。トン、トン、と階段を上がる音が聞こえる。私はよいしょ、とそのまま上体を起こ…起こすと、そこには。
「ルキアー、あれ?どこいった?あ、まだ押入れか。」
「…あの…一護、これは」
私の足元。そこには小さな四角い箱があった。白い包装に緑色と金色の飾り紐が付いているこれは。
「…メリークリスマス、ルキア」
「…え」
「……あ、いや…そうやって、サンタクロースが言ってた。」
一護には、照れた時に後頭部を掻く癖がある。今まさにがりがりと、目をそらしながら後頭部に手をやる一護にむずむずとしてしまう……。
「…高校生兼死神代行兼、サンタクロース代行か。貴様は忙しいな。」
「……べつに。っていうか、俺じゃねーよ!」
「ふふ、そうだな。ありがとう……と、サンタクロースに伝えてくれ。」
「……まあ。そうしておく。」
暖かい部屋。美味しいケーキ。思いがけないプレゼント。そして大切な人たち。
メリークリスマス、一護。誰よりも私に近い、そして遠い、最も愛しいおまえに、この先もきっと神の祝福がありますよう。