ストロベリーラビット


それはふと訪れた進展だった。
「まあ!今日のお夕食は豪華なのですね?!」
「ルキアちゃん、もうその言葉遣いやめればいいのに…一兄のことも、わかってるし」
「それはそうですが…」
「もう夏梨ちゃん、いいじゃないの!今日はデザートに、ルキアちゃんが買ってきてくれた最中もありまーす!お兄ちゃん家事の練習しなきゃいけないんだから、お夕飯のお片づけ手伝ってね!」
「練習…?一護、何かあるのか?」
「あれ、言ってなかったか?俺、4月から1人暮らしするんだけど。」
「…え」

時は流れて7月。
一護は意図的に無視されることの虚しさに直面していた。不満をぶつけたくとも、相手が姿を見せないので鬱憤がたまる一方だった。
理由は簡単、ここ数ヶ月、ルキアから避けられていることだった。
高校を卒業して大学に進学した一護は大学近隣で1人暮らしをはじめた。大学徒歩15分コンビニ徒歩3分の好条件。ただし窓からの眺めはひたすらに広がる墓地、そして築40年の物件には“出る”という噂があり、格安で契約ができた。職業柄もろもろの理由に問題がない一護にとってはうってつけの物件だった。
尸魂界も落ち着いて、色々あったものの、ルキアは「遊子の手料理が恋しい」だとか「夏梨に尸魂界グッズのプレゼントがある」だとか「おじさまに緊急の用が」とか、色々な理由をつけてはしょっちゅう黒崎家を訪れていた。
引っ越したあとも一護は、ルキアは自分のところにおしかけてくると思っていた。だからルキアに住所も教えたし、地図も渡したし、合鍵も預けたし、物件を選ぶ時だって押入れのある所を選んだし(だから必然的に古い物件になったのだが)、いつ来られても困らないように準備していたのだった。
それなのに、ルキアは一向に来なかった。

尸魂界が忙しいとか、来ても時間が取れないとかなら、理解はできる。
だがルキアは空座町にある黒崎の実家には顔を出すどころか何日か泊まっているのが霊圧でわかる。はじめは遊子に捕まって自分のところに来れないのかと思っていた一護だが、それが何回も続いたり、自分のもとに来ようと迷ってオドオドして帰っていく霊圧を感じ取ってからは、何故来ないのかという苛々を募らせるようになった。

「テメェ一護、姐さんに何かしやがったのか?」
「別に。」
「嘘つけぇい!どーせまた喧嘩でもして繊細な姐さんを傷つけたに決まってんだろ!」
「してねーよ!あいつがなんか気まずい事でもあんじゃねーの?」
「あああ、姐さん、可哀想に。あの御御足で踏まれたのも半年以上前…」
「半年?最後に会ったのはあいつが高級最中を山ほど持ってきたときだろ?…あ、そういやコン、お前はあん時技術開発局の連中にいいようにされてたんだっけ。」
「いやアァアアーー!一護!忌々しき過去を掘り返すんじゃねえ!」
煩い会話も、防音壁に改造されてるこの賃貸なら問題ない。
所有者の老夫婦に霊感は皆無で、曰く付きと言われた物件をなんとか人で埋めようしたのか改造が施してある。一護はその新品同様の真白な壁にコンを叩きつけた。
「い、いてぇーー!姐さんに!姐さんに言いつけてやるー!!」
「好きにしろよ!ったく、1人暮らしが寂しいとかで遊子がこいつを押し付けるからこんなことに…」
「へー?でも義魂丸の俺をこのぬいぐるみに入れておくのは寂しいからじゃねえの?い、ち、ご、ちゃーん?」
「うっせーな!静かなぬいぐるみだけあって中にお前がいないのも気味悪………」
気味悪い。そこまで言うか言わないかのうちに、代行証がけたたましい音を鳴らした。

代行証をコンに押し付けコンの本体を取り出す。それを飲み込み、義魂丸が入った自分の身体に家を任せる。窓を開け、墓地の上に足場を作り目的地を確認する。
この時間、闇と死覇装は同じ色をしている。一護は夜の町に踏み出した。

梅雨が明け、暑さがじわじわと押し寄せる7月の夜。目的の虚は瞬歩ですぐに視界に入った。額に滲む汗を袖で拭って気合いを入れる。虚は大型だが1匹だけだ。幸い人影もないようだし、斬月たちで一振り、二降りーーー
「2分で片付くか」
背中と腰の斬月に手をやり、正面から向かう。しかし、大型なわりに動きが俊敏でとっさに躱される。
(でかい癖に早えな!)
ごおお、と唸り虚は一護に狙いを定める。瞬歩で撹乱し斬撃を打ち込むも、皮膚が硬いのか手応えがまるでない。

距離をとって正面から連発で月牙天衝をたたきこむのが手っ取り早いだろうか。
自分には斬月という心強い相棒がいるので、鬼道が使えない故の戦闘パターンの画一化を恨めしく思うことはない。ただ、こういう時に鬼道が使えたら便利だろうなと一護は頭の隅で冷静に省みていた。
鬼道といわなくともよい、素早い動きを止めてくれるような存在がいたら…。

その時だった。
何処からか涼しい風が吹いたと思った瞬間、目の前に氷柱が現れた。
汗がすっと冷えていく。夏場の熱気にそぐわない凛とした冷気。見知った霊圧。白い刀。
「莫迦者!早く止めをさせ!」
マンションの上から一護に喝を飛ばしたのは、ここ数ヶ月顔を見せなかった朽木ルキアだった。

「おまえ…なんでここに」
「貴様、相変わらず霊圧探知が下手くそだな。私は任務だ。数日前から浦原のところにいるぞ。」
「いや、そりゃ分かって…いや、そうじゃなくて…ここは空座町じゃねえぞ。」
「だが、気づいてしまったからには駆けつけるのが死神だ。そこまで遠くなかったしな。」

けろりと告げたルキアは、すみません!と遅れてやってきた担当死神と二言三言交わし、くるりと一護に向き直る。
「そういう訳で、私は戻る」
「はあ?!!」
「なっ、何をそんなに驚く必要があるのだ…?」
「い、いや別に…戻るって、浦原さんのとこか?」
「そうだ。遊びに来た訳ではないのでな、遊子たちに世話になるわけにもいかん。」
姿を戻した袖白雪を鞘に戻すと、きん、という音が沈黙に響く。そうか、仕事なのか、がんばれよ、と思った言葉が出てこない。
「なあ」
「なんだ?」
「おまえ、なんで俺のとこに顔を見せねえんだよ」

喧嘩をしたわけでもない。気まずい会話があったわけでもない。押入れを占拠するかと思っていた死神は顔すら見せなくなった。
その単純な疑問を、一護はただ純粋に口にしただけのつもりだった。でも、口から出た情けない声を聞いて、自分でもはっきりわかった。
そうか、俺は。

「ね、ね、ね、姐さ〜〜〜ゴフッ!」
「あ、い、か、わ、ら、ず、だなあ!コン。」
小さい身体のどこからそんな技が繰り出せるのと思えるほどしなやかに、自分より40センチ近く大きな一護(の身体に入ったコン)をルキアは足で止めた。
「ああ!俺の身体!」
「おっと、すまぬ…つい」
「ったく……ほらよっ」
身体から義魂丸を取り出し、紐でベッドに括り付けたぬいぐるみに入れてやる。とたんに姐さん!姐さん!と騒ぎ出すのでうるさいことこの上ない。
「あ〜〜久々の姐さん!その絶壁に顔を埋め天国の香りを堪能できないのが辛い!オイコルァ一護!なんだこの紐は!身動きとれねえじゃねえか!」
「いいじゃねえか、口だけでも動かせるようにしてやってんだ、光栄に思えよ。あんまりうるせーと、石田にその口縫い付けて貰うぞ」
喧騒を尻目に、ルキアは部屋を隅々まで見ながら、ほう、とか、ふむ…とか、1人で何か納得していた。



ルキアは、一護のもとに寄らなかった理由を告げなかった。
でも、帰ろうぜ、と声をかけた一護に、ルキアはすんなり付いてきた。義骸は浦原商店だからコンに顔を見せるだけだと言ったが、ルキアは本当に自然に、ここ数か月の空白がなかったように、一護の横に並んだ。
瞬歩ではなく、2人で夜道を歩いて帰ってきた。ぽつぽつと話すルキアの低く落ち着いた声が、蒸し暑い夜に心地よかった。

「おお!」
押入れの扉を開けたルキアが感嘆の声をあげる。1人入れるように開けられた上段スペースに鎮座するのは。
「ちゃ、ちゃ、チャッピー!!」
モコモコした素材の、ピンクのルームソックス。うさぎの顔が編み込まれたそれを購入する時に、自分のイメージがガラガラと音をたてて崩れていくのを一護は感じていた。
うさぎを見るとルキアを思い出してしまうのが悔しい。しかし買ってやったときのルキアの子供らしさが可笑しい。それを思い出すと、高いものじゃないしいいか、と気づいたら手にとっている自分がいるのだ。刷り込みは恐ろしい。
「しかし…こんな暑いときにこの靴下は…。」
「まあ、冬用だからな。」
「冬のものがなぜ今…」
靴下は、一護が1人暮らしをしてすぐに、スーパーのワゴンセールで見つけたものだ。鈍いルキアは首を傾げていたが、真っ赤な一護の顔を見てクスリと吹き出した。
「貴様、随分と長い間私が来ることを待っておったのだな」
「ちが…っ、うるせえ!」
「もっと早くに寄ってやればよかったなあ、可哀想なことをしたなあ真っ赤になってしまってー」
「うるせえっつってんだろ!」

ルキアに来て欲しかった。別に、愛とか恋とか、同棲がどうとか恋人がどうとか、そういう為ではない。

寂しかったんだ。
自分はこの喧騒を望んでいた。押入れにルキアがいて、コンがいて、面倒な毎日が忙しなく過ぎていく。落ち込むこともあるけれど、背中を叩いてくれる存在に側にいてほしかったのだ。雨の降る日は寄り添って、深い海のように月の光のように、静かにやさしく包んでほしかったのだ。
朽木ルキアに対して、恋の感情があるのか、一護にはよくわからない。ルキアは、母である真咲に抱く安心感とも違う。それでも、こんなにも隣にいてほしいと願う存在は、ルキア以外には見つからないと一護は感じている。

「なあ・・・ルキア。」
また来いよ。

うさぎの靴下が似合う季節が待ち遠しい。



「ちがうのだ、浦原。確かに一護だけの所に行くというのは、今更だがその、一護は男であるし…周りから2人きりとか言われると、なんとなく気まずくて…それで避けておったのだ。だが、うさぎは寂しいと死んでしまうのだろう?あのうさぎを寂しがらせないために、私はこれからもあやつの所に寄るのだ。それ以外の意味はない。断じてない。
…何を笑っておるのだ貴様!!」

20151115

twitlongerへ投稿していたものを、サイト掲載に伴い加筆修正しました。
一護こそがさみしがりなうさぎで、そんな一護がかわいいなと思いつつ、ちょっとどきまぎしてしまうルキアでした。
書いているときはノリで書いていましたが、今見返すと、一護がうさぎの靴下を買う姿は、ちょっと想像できないですね。
プレゼント用にとか言ったんでしょうか。