原動力はきみ


久々のジムの公休日にもかかわらず、その日は朝から雨が降っていた。雨は好きか嫌いかで言うと好きなのかもしれないけれど、今日は気分がなんとなく沈む。カスミはどこにも出かける気が起きず、テレビのリモコンに手を伸ばした。
「なーんかやってないかしら」
ポテトチップスをつまみながら、反対の手をリモコンに伸ばす。しかしその手は電源ボタンをつけただけで、カスミの意志によってぴたりと止まった。
『はい、というわけで今回のリポートはここイッシュ地方からで〜す』
偶然放送していたカントーのローカルテレビの旅番組。イッシュ、という言葉に引き付けられたのだ。

――そういえば、サトシは元気なのかしら?まったく連絡がないけれど。
水ポケモンをゲットしたときだけでいいから見せなさいって言ってあるのに。まあサトシのことだから忘れてるんだろうけど。

しかし噂をすればなんとやら。カスミの思考が反映されたかのように、テレビにはサトシが映った。
「えっ!」
思わず目を見開いて録画ボタンを押し、ボリュームも大きくする。今日は姉たちはいないから、うるさい!なんていう文句もない。
『毎度おなじみトレーナーインタビュー、本日はカントー地方マサラタウン出身のサトシくんと、お友達の一行です』
アナウンサーの紹介の後、サトシと、見慣れない男女が画面に向かって手を振る。かと思いきや、サトシが近寄ってくるではないか。
「な、なによ」
『やっほー!ママ、オーキド博士、ケンジ、みんな見てるー?俺今フキヨセシティにいるんだ!ジム戦も順調だぜ!あっそうだ、カスミとタケシも元気か?イッシュのポケモンみんな面白いんだ!帰ったらバトルしような!』
『ピカピーカ!』
『おいおい、サトシにピカチュウ・・・』
『まぁーったく、カントーって聞いたとたんにはしゃいじゃって、コドモねえ〜。』

カスミ。そうサトシに呼ばれたのが久々で、うれしくて、どうしてもカスミは照れくさくなってしまう。
こそばゆい感情に頬を緩めるながらテレビを見つめる。騒がしいのは相変わらずか。そうと思っていると電話が鳴り、通話画面にこれまた懐かしい顔が現れた。
『久しぶりだなあ、カスミ。』
「タケシ!久しぶりね、元気だった?」
ポケモンドクターを目指すタケシは、現在実家で猛勉強している。今は実習中なのか白衣姿だ。サトシをテレビで見られて、タケシから電話がかかってくるんなんて、なんだか今日はついているとカスミの気分は上昇する。
『カスミいまテレビ見られるか?』
「見てるわ。サトシでしょ?」
『ああ。元気そうでなによりだ。』
サトシの面倒をずっと見てきたタケシにとって、サトシがきちんと旅をしていけるのか不安だったのだろう。でも不自由なく旅を続けているみたいだし、もしかしたら同行している仲間に助けられているのかもしれない。
電話の向こうでテレビを見つめ満足そうにほほ笑むタケシは、まさに弟の無事を確認し安心した兄のようで、カスミは悟られないように少しだけ笑みを深めた。

『カスミが見ているならいいんだ。それだけ連絡しようと思ったからさ。』
「それだけなの?もしかして、今忙しかった?」
『まあ、忙しいってほどでもないけどさ。明日、研究の成果報告があるんだ。』

よくよく見ると、忙しいのかタケシの目の下にくまがある。しかし自分の夢を語るタケシの笑顔は輝いていた。充実しているというのが手に取るように分かった。

「そうだったの。電話してくれてありがとう。」
『いや、いいさ。久々にカスミの顔が見られたし、元気が出たよ。』
「あったりまえじゃない。私は世界の美少女カスミちゃんなのよ!」
『おっとそうだったな。実習がひと段落したら今度ハナダにも顔を出すよ。』
「うん、待ってるわ。頑張ってね。」

受話器を置いたカスミは、ふう、と達成感のある溜息をついた。


元旅仲間としてしかサトシとタケシの記憶の中にはないのではないか。
そう不安に思ったことが何度もあった。サトシから、タケシとホウエン地方で合流したと聞いた時も、どうしてそこに私はいけないのだろうかとも純粋に疑問を抱いた。ジムリーダーになってすぐは特に。3人で旅しているのが懐かしくていとおしくて、夢に見て、目覚めて泣きたくなることだって何度もあった。
でも、そうじゃない。自分たちはいまでも友達なのだ。

サトシにとって今の旅仲間は特別だろう。サトシは友達に順位をつけたりなんてしないから、みんながみんなサトシの特別だ。
けれどサトシのはじめての旅仲間は自分とタケシだということは決して変わらない事実。
その過去があったからこそ、サトシは今の道を歩み、今の仲間と出会うことができた。そしてこれから先も、たくさんの出会いを経験してゆくのだろう。
タケシだって。ブリーダーの目的を持って自分たちと旅したからこそ、ドクターという選択肢を見つけたのだ。

同じカントーに生まれ、同じ道を歩んできたこと。自分との出会いがなければ今の彼らもいないのだと考えると、出会いに大きな意義を感じられた。そして、サトシとタケシの今があるのは自惚れでもなく自分がいたからで、今の彼らを支える存在でいることが本当の友達としての役割だと気付いたときから、カスミはすっと肩が軽くなった気がしたのだ。

「私も、頑張らなくっちゃ」

今は3人別々の場所で、別々の夢に向かっているけれど。ここまできたから、これからがある。
テレビの向こうのサトシにほほ笑む。それだけで、また明日からも前に進める気がした。

2012.11.09

今更ながらなネタを・・・。
別れた後カスミはそれなりに苦労したし辛いんだし、と思ってはいるのですが、
俺たちは友達になるために出会ったんだ!という台詞がカスミのなかで強く残っていたらいいなあと思うのです。

リベンジマッチ回でカスミは溺れそうになった時とっさにサトシとタケシの名を呼んで、夢のなかで「ほんとはふたりに力を貸してほしい」と訴え、毒針で意識を失ったときもサトシとタケシの励ましがありながらも「でも・・・」とふたりを頼ろうとした。でも、現実では自分の(?)ギャラドスに助けてもらって、自分の力で乗り越えて強くなっているわけです。
もちろん旅はしたいんだろうけど、そして私もそれを今か今かと待っているカスミ厨なわけですが、今できることから目をそらさずにジムリーダーとして一人前になっているカスミも、私は好きです。
サトシは相変わらず夢をおいかけて、タケシも自分の道を見直して、カスミも夢のために今を歩んでいる、はじめは同じ道を旅した3人が、別々の道に居て、でもいまも繋がっているというのを書きたくてうまく書けなかった産物でした。
フキヨセにいるのは適当。中盤ってことで・・・。BWアニメを研究しつくせてないから色々おかしいかもしれません。

20171029追記
まさかこういう話を書いた5年後に、サンムーンでジムリーダーとしてサトシと全力バトルするカスミがみられるとは思いませんでした。・・・・もう5年たったんですね。時の流れはふしぎだね。