白い幸福


穏やかな午後の陽気。
野原に咲くシロツメクサのにおいを嗅ぎくつろぐピカチュウの横にカスミも並ぶ。
「そういえば昔、おねえちゃんがシロツメクサで冠をつくってたっけ・・・」
幼い頃の、曖昧な記憶。目の前で野原を駆けるピカチュウにつくってあげたくなった。

でも、何度やってもうまくいかない。
ピカチュウも、何をしているんだとのぞきこんでくる。
つぶらな瞳にもう少し待っててねと苦笑すると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。

「カースミー、タケシがそろそろ出発・・・って、何してんの?」
「さ、サトシには関係ないもん。」

間の抜けた声でやってきたサトシにぐしゃぐしゃのシロツメクサを見られないように隠す。どうせこれを見つけたらいつものように、女の子なのにそんなこともできないわけ?あ、いやカスミは女の子じゃなくて男女だししょうがないか?なんてからかうのだ。
花冠が作れなくったって、私は立派な女の子でしょう!!
想像のサトシに向かって腹を立ててもしかたないので、ピカチュウには悪いけれど冠はあきらめる。
どうもこいつと話しているといらいらするわ、とカスミはサトシを無視してタケシの元へ帰ることにした。
不機嫌な自分の背を追ってくるかと思ったサトシがついてきていないことにカスミはすぐに気付いた。けれど、別に気にも留めなかった。
もともとサトシと好きで旅しているわけじゃない。ここまで数カ月旅して調子に乗っているのか、サトシは自転車のこと、忘れているみたいだけれど、カスミはしっかりと覚えている。
そりゃあ、いてくれてよかったと、仲間でよかったと思ったことだって何度か・・・ある。でも、仕方なく・・・本当は、もっとかっこよくて優しくて大人なひとの傍にいたいんだから。タケシの顔がもっとハンサムで、女癖がないくらいがちょうどいい。少なくともサトシは論外だ。
だから馬鹿にされたくない。自分よりおこちゃまな生意気ジャリボーイにからかわれて平常心でいられるほどカスミも大人ではなかった。

「ん?サトシとピカチュウはどうした?」
「少し遊んでいるみたい。」
テントを片付け準備万端なタケシは、この頃はバトルばっかりだったもんなと零す。他人を気遣えるタケシはパートナーとしては及第点だ。でもやっぱり女癖がひどいけれど。
「じゃあ、そこの川まで水を汲んでくるよ。カスミはここでサトシ達を待っててくれ。」
「あっ、ねえ、私に行かせてよ!新しい水ポケモンに出会えるかもしれないわ。」
半ば強引にカスミはタケシから水筒を奪い取り、小川へと足を向ける。

澄んだ小川には残念ながらポケモンの気配は無かった。
気を落として水面に水筒を傾けると、眉の下がった情けない自分の顔が映った。
「こんな顔、してたんだ・・・」
姉たちは悲しくてもその儚さが板についていた。美人三姉妹とその出がらし、その言葉がはっきりとわかるのは普段の見た目ではなくこういう沈んでいるときなのだろうと思った。
沈んでいるのはポケモンが居なかったからではない。勿論そうでもあるのだけれど、原因はカスミ自身が良く分かっていた。
要はヒガイモウソウなのだ。使い方は多分これであっている。別にサトシは自分のこと何も悪く言ったわけではないのに、勝手に自分で不機嫌になっているだけだ。でもそれはサトシがいつも私をからかうからしょうがないことで・・・。
サトシに女の子らしくないとか、可愛くないとか言われるのが、要はいやなのだ。
どうしてかは分からない。たぶん、おこちゃまなんだから女をどうこういうなんて10年早い!という気持ちだと思う。でもカスミ自身良く分からない。
ハナダにいたときも、姉たちの影になって、悪いことはそんなに言われたわけではないけれどかといって褒められたわけでもない。
でも、見た目がいいからってお姉ちゃんたちに言いよるようなへらへらしたやつはこっちから願い下げよ!とカスミはいつも思っている。
だから、本当の自分を見てくれる、やさしい男の人に憧れているのだ。

「ピカチュピー!」
ぼうっとしているところにくぐもったピカチュウの声が聞こえてカスミは我に返った。
ピカチュピ、ということばが自分を指すのだということは最近分かった。ピカチュウに認めてもらえたことがとても嬉しかった。
ひょっとしたらピカチュウが私の王子様だったりして・・・なんてね、人間でもないし。でももしピカチュウが人間の男の子だったら、やさしくて格好良いんだろうな。

軽やかな音を立ててやってきたピカチュウは口になにかを咥えていた。
「これって・・・」
それは、シロツメクサの花冠だった。いや、花冠というには輪が小さいし、ところどころ花が飛び出ていた。
「あ、いたいた!」
感動の余韻に浸る間もなくまたあの間抜けがやってくる。
「ったくもー、なんで先に行っちゃうかなあ」
「どこへ行こうが、何をしようが、あんたに関係ないじゃない!」
「そりゃそうだけどさぁ〜・・・。っていうか、何でそんなに怒ってんだよ。」
「なんだって、いいじゃない。それより、これ・・・。」
「ん?ああ!へへ〜んだ!カスミが行ったあとに作りかけがあったからさぁ。まあ、ちっちゃくなっちゃったんだけど。」
ママに庭の手伝いさせられて覚えたんだ、と得意げになっているサトシに、私は作れないなんて口が裂けても言えない。ぜったいまた馬鹿にされる。サトシにだけは、笑われたくないのに。
「ん?何?」
「え・・・ううん。なんでもない。行きましょ。タケシが待ってるわ。」

きゅっと水筒のふたを閉めて立ち上がるカスミを、サトシはじっと見つめる。
「なーによ」
「つけないの?」
それ、という目線の先には先ほどの花冠。
「小さいんだから冠には向いてないわ。」
第一、こういうのつけてると真っ先に可愛くないだのなんだのいうのはサトシのくせに、という言葉は呑み込んだ。
「なんだよお礼もなしにさ・・・何かしてもらったらありがとうって言うこと、カスミはママから教わらなかったの?」
「そもそも、誰も作ってなんか言ってないじゃない」
「なんだと」
可愛くねぇ、というふてくされるサトシ。ほらやっぱり言うんじゃない。
お礼を言えない自分が悪いと分かっている。でも、本当に素敵な人なら自然とありがとうがこぼれるはずなのだ。サトシはまだまだ。だからおあいこでしょうがないんだとカスミは自分で自分を納得させる。

髪につけたら似合うんじゃないか、と提案したのはタケシだった。少し機嫌が悪く前を行くサトシの後ろで、彼に知られないようにカスミに耳打ちする。
カスミは手に持っている花冠を結ったサイドテールに通すと、小ぶりの冠はオレンジの髪に良く映えた。
「うん、いいんじゃないか。」
「そう?ありがとうタケシ」
「いや、お礼ならサトシに・・・おーいサトシ」
「なんだよ」
不機嫌に振り向くサトシは花冠を髪につけるカスミを視界に捉えると、すぐに前を向いてしまった。何事だと不審がるカスミにタケシが言う。 「小さいのしか作れなかったけど、髪に通すならいいんじゃないかって、サトシが言ったんだよ。な、サトシ?」
「うるさいなー、なんだっていいだろ!」
ほらな、とタケシに顔を見られるのもなんだか恥ずかしくて、その時のカスミはうん、と頷くので精一杯だった。
からかわれたくないのだって、可愛くないって言われたくないのだって、サトシが子供だからではなくて・・・本当はなんとなく、ほんとうになんとなくだけど、わかっている。



「今まで言えなかったんだけど。私、シロツメクサの冠作れないの。」
「へえ・・・なんで今そんなこというんだ?」
「ずうっと前に、サトシが小さい冠つくってくれたの、覚えてる?」
「・・・・あの、俺何度もピカチュウの電撃浴びたりしてるし・・・」
「なによ覚えてないのー!?あんたね〜、ここを覚えててくれなきゃ話の半分くらいしか伝わらないじゃない!」
「半分も伝わるんだからいいじゃん!」
「も〜・・・。それで、私は作ってくれたサトシに文句言っちゃって!お礼も何も言えなくて、それがずっと悔しかったの!」
「そ、そう・・・」
「感動の話になるはずだったのに・・・。」
「い、いいじゃん。カスミが悔しがってるのは良くわかったし。」
「ちっがーう!言いたいのはそういうことじゃなくてぇ!」
こほん、と小さく咳払いしてカスミはサトシを見上げる。大人になったけれど、瞳から伝わる心は昔のまま。
純白の花冠に手を添える。目を合わせるのは今でも時々恥ずかしいけれど、今はもう可愛くないなんて言われないくらい、胸を張って素直になれるから。
「ありがとう、サトシ。」
素直になってももうからかうことは無い。頬を染めるカスミに、どういたしましてとサトシもはにかんだ。

2013.01.09

ブログで小話を書くつもりが長くなってしまった。
無印初期、まだトゲピーはいなくてカスミとピカチュウが一緒に行動することが多いころをイメージして書きました。
乙女ヶ崎とかシオンタウンとかの、喧嘩多くてぎこちないながらもお互いをなんとなく意識し出したかんじが非常にツボです。
無印サトカスかわいくてもう・・・。

カスミは細かい作業苦手そうだなー料理も裁縫も。
結婚したら家事に不器用なカスミちゃんをしょうがねーなーなんていいつつサトシは手助けするんだけど情けなくなったカスミちゃんがすねたりしそう。。
それでまた喧嘩勃発してタケシに呆れられているといい。ケンジは「そんなに喧嘩しても別れないんだからサトシとカスミはよっぽどお互いが好きなんだね」とか爆弾落として2人から敵視されてそう(笑)