原動力はきみ
〜後日談〜
タケシから電話がかかってきたのはその翌日だった。今日はカスミはハナダジムの任務があるから朝から出かけている。俺は昨日博士に任された生態調査の結果をシゲルのレポートを参考にまとめようと四苦八苦していたところだった。
「サトシ、どうだ!?生きているか?」
「え、ああ、うん」
「そうか、それはよかった」
タケシは眼を細くして笑う。元々細くてはじめは寝ているのか起きているのか分からなかったけれど長年の付き合いのおかげでその細目がどんなことを物語っているのかが段々と分かるようになってきた。
「タケシ、ありがとな。昨日は久々にうまいものが食えた・・・なんてカスミに聞かれたらふっとばされるなー。」
「そうか、どういたしまして、だな。カスミは元が器用だから教えればすぐ上達すると思うぞ。サトシが胃薬から解放される日も近いんじゃないか?」
「あ、丁度良かった、そのことなんだけど・・・」
「ん?」
目と口を並行に戻したタケシの視線から逃げる。昨日ちょっとだけ『タケシとふたりでなんかするくらいならこのままでも・・・』とやきもちをやいてしまったことを言えず、でも言わないとまた俺の知らないところで会うんだろうし、けど言えばカスミの料理レベルは振り出しにもどる。あ、ママがいる・・・けどカスミは頼みづらいだろうな。俺から頼んでもいいけどそんなの望んでいないと思うし。
「そ、その、カスミもまだやる気でいるのかなーってさ。」
「ああ、そういうことか。大丈夫だ、『サトシに美味しいって言わせたい』って意気込んでたぞ。いいなあ、新婚っていうのは。カスミがやる気があるんだから教える側としてもできるだけのことはしなくちゃな。上昇志向のある初心者を相手にするっていうのは楽しいもんだぞ。昔ニビジムに来たサトシを思い出すなあ。」
「へ、へえ〜」
言いたいことも聞きたいこともすれ違っているからか返事が上の空になる。もっとこうガツンとストレートに言わないといけないのか!?カスミと会うななんて言えないしそういうことを望んでいるわけじゃないし。手を出すなとか?いやタケシは年下には興味ないよな。でも、このパターンが長く続くと思うと、ちょっときつい。
「まあ、安心しろサトシ。」
「へ?」
「分かっていると思うけど、俺は年上しか興味がない。」
「わ、わ、わかってるさ?!」
図星を言い当てられてどんどん顔が赤くなっていくのが分かる。いや、ちがうんだ、べつにそんな・・・カスミに手を出すなとかとういうことではなく・・・。
何も言えないまま硬直していると、真顔でいたタケシがふっと表情を崩す。穏やかな細目に興奮していた気持ちが落ち着いてくる。
「今度のコロッケはサトシも休みのときにしよう。サトシも料理苦手だっただろ?夫婦共働き、男女平等、家事分担。亭主関白でいられるご時世じゃないんだからな。」
「は、はあ」
「サトシも料理できるに越したことは無いってことさ。2人で覚えれば分からないことは補い合えるし復習も楽になる。カスミにも伝えておいてくれ。」
「・・・ああ。ありがとう、タケシ。」
不器用な俺の気持ちを分かった上で言ってくれるのが有難い。じゃあなと電話を切ったあと、昔喧嘩ばかりだった俺とカスミをなだめてくれたタケシの変わらない優しさをかみしめて、俺は赤ペンでカレンダーの休日に大きく丸をつけた。
おしまい。