like a blank
死神になったこと。
後悔してねえよ。俺は。
最近は滅多にないけど、授業中に呼び出されても、誰かを護れるなら嫌じゃねえし。
死神になったことに誇りを持っている。
だから、そのせいで成績が落ちたとも絶対思わないし、出かけている途中に呼び出し食らっても、自分の決めた生き方だから文句はない。これはこれで、波乱万丈で、いいんだ。
でも。久々に巨大な虚の気配を感じて学校を抜け出して退治に向かって、大きな怪我もなく街の損害もさほどなく、虚は無事に退治できてめでたしめでたし・・・と教室に戻ったら体育祭の競技が決まっていたのは、ちょっとがっくりきた。
いやいいんだけどさ!
「ったく、なんで借り物競争なんだよ面倒くせえ。走って終わるリレーとかにしてくれりゃ楽なんだけどな・・・。無慈悲なクラスメイトめ」
「あら~っ、黒崎くんったら、非情ですわあ~っ」
黙れこのミス猫かぶり。競技待機列、ハチマキを締めながら一護は眉間にしわを寄せてルキアを睨むが、「やだぁ~、怖いですわ~」と気持ち悪く腰をクネクネさせるルキアの表情はちっとも怖がっていない。
「ていうかなんでお前ここにいるんだよ!?」
「仕方なかろう。任務だ。最近この近辺で霊圧の高い虚が多く出ていると報告を受けたのでな。貴様も援助を依頼されたろう?そこで副隊長である私が直々に、こうして麗しき女子学生に扮し、調査を行なっているところだ」
「それ女子学生に扮する意味なくね?」
単なる駐在任務ならわざわざ義骸に入って、こうして体育祭に参加する必要だってないはずなのに。
一護の歪んだ表情を見て、ルキアは目を泳がせる。
「まあ・・・これは別の任務というか・・・現世の体育祭に倣い、あちらでも隊対抗の祭りを開催しようということになったのだ。尸魂界復興事業の一環だな。私の任務は高校に潜入して体育祭を下調べすることなのだ。」
「くっだらねえ!なんだそれ。死神暇すぎんだろ!」
「たわけ。息抜きも仕事のうちだ。まだまだ完全な復興までの道のりは長いからな、心の底から笑うことでまた活力が湧いてくるのだぞ。」
「なんか良い話になってね?」
「良い話だからな!」
一護は、隣の隣のそのまた隣のクラスにきた『美少女転入生』を一瞥するが、ルキアは気にせずに薄い胸をそらして得意げに笑う。少しだけ髪が両の耳の裏あたりで括られていて、まるでうさぎのしっぽだ。
「ま、どーでもいいや。なんの因果か知らねえが、お前も俺も借り物競走に選抜されたんだ。ドベでゴールして5組の連中の足を引っ張らないようにせいぜいが・ん・ば・れ・よ」
「2組さんには負けませんの~」
第1走者、第2走者には『綱付きタイヤ(引きずってゴールすること)』や『回鍋肉が好きそうな生徒』なんて指定もある模様。
人間対象か。ううむ。一護は悩む。
いっそのこと『お嬢様言葉を使う女学生』とでも出てくればルキアをゴールに連行するつもりでいる。
(あれ、でもルキアも選手だからそれはダメなのか?まあ、人間対象のなんてそうそうねーだろうし。こいつがお題を持たずにゴールすれば失格・・・あれでもそうすると反感買うのは俺?)
『それでは借り物競争第3走者~、3年生のみなさん、準備をお願いしま~す!』
「なあところで一護、借り物競争というのはどういう競技なのだ?」
「あぁ?!今更かよ!!はぁ・・・ったく、ほら、あの机の上に紙があんだろ?・・・・」
ぱーん、と鳴った音に3年生は一気に駆け出した。所詮借り物競争、走る距離はほんの数十メートル。「くそっこんな義骸でなければ!」と嘆くルキアを尻目に1着で到着した一護は一番手前の紙を開く。
「頼む!サッカーボールとかであってくれ!」
余裕の態度でいたわりには必死に願い、お題を目にした。一護の目に飛び込んできたのは―――
「『カラーコーン』!やった楽勝~!」
「え、『保護者の被っている帽子』って・・・保護者来てんの?席どこ!?」
「実況本部ー!『ボールペン』貸してー!」
「ふむ。なるほど、『妹のいる男子生徒(妹の人数に応じて得点加算します!)』・・・そうきたか。まあ、『妹のいる男子生徒』をわざわざむこうのクラスの席まで戻って探すのも面倒だ。ましてや此処に可愛い妹を2人ももつ男子生徒が居るではないか。なあ、一護!」
うんうん、と頷いたルキアが満面の笑みで一護の肩を叩くが。
一護は紙を手に絶句していた。
『好きな人♡』
「一護!」
「だァっ?!!ど、どうしたルキ・・・朽木さん?!」
「ん・・・何をどもっておるのだ・・・?まあよい、さあ私と一緒に来い!」
「は?いや・・・え?!」
いや、これは。ここで選手の自分もゴールをしてしまうと、「『好きな人♡』は朽木さんです」と言っているようではないか・・・??
「ストーーップ!」
「わわっ、なんだ貴様!止まるな、走らぬか!あーっ、あの赤い三角を持った奴がゴールしてしまったではないか!」
「やめ・・・てめー、やめろ痛え!腕引っ張んな!脱臼するわ!義骸だろ!?どっからその馬鹿力出てくんだよ!?」
「煩い!お、おい一護!貴様が運動場の中央で止まっておるから私たちは全学年全生徒の注目を集めておるではないか!」
「やめろ!やめろよ!俺のイメージが!」
「だったらさっさと私と一緒にゴールせんか!」
「てめーがクラスんとこ行って妹のいるヤツ探して来ればいいだろ!」
「向こうまで戻るのが面倒なのだ!」
「・・・む・・・一護は朽木ともめているな・・・」
「ルキアちゃん、『髪色の派手なヤツ』でも指定されてんのかな?」
「あっはは、言えてる。一護の借り物なんなんだろね。それ持って一緒にゴールしてあげればいいのに」
所詮義骸。力をこめれば、一護はルキアの手を振り解ける気はする。しかしここで思い切りルキアの腕を振り解けば、絶対に絶対に『か弱い転入生の朽木ルキア』は「黒崎くんたら非情ですわ~ぐすん」と演技を始めてややこしくなるに決まっている。非情はどっちだよ!一護は想像の中のルキアに突っ込みをいれる。
「隙有り!」
「ウゲッ!」
「・・・殴った?」
「・・・殴ったね」
「・・・殴ったな」
「非力な私にやられているようでは、まだまだ修行を積まねばならんな。さ、行くぞ!」
一護は半ば引きずられるようになりながら考えた。もう、ゴールするしかない。『好きな人♡』の紙を持ったまま。でもゴールした時にどう取り繕う?もう、考える気力も、時間も・・・ない・・・
「はーい朽木さんゴール、お題見せてね」
「ほら有沢、どうだ『妹のいる男子生徒!』ちゃんと得点を加算してくれ!」
「はいはい、オッケー。5組は得点倍ね。で、一護も一緒にゴールしたの?お題は?」
「おい一護しゃきっとせんか!そういえば貴様、お題は・・・」
ビリビリビリビリビリ・・・
『あ、こら、黒崎!備品の紙を破るな!』
『会長ー!マイクにモロに入ってます!』
文字が読めないくらいに細かく、料理で言えば微塵切りのように。一護は紙を破いた。
(そうだ俺自身が月牙になる。なんてな。バカみてー)
そんな具合に3年2組の借り物競争は失格に終わったが、体育祭は無事に終了。そして翌週に文化祭を控えたころ、
「事態が収束したのでな。帰る。世話になったな。」と、ルキアはあっさり向こうに帰った。
(ふざけんな。体育祭やりにきただけかよ。調子いいやつ。)
とは言え、ちゃんと現世の調査をしていたのを、一護は霊圧で知っている。声がかけられていないのは、気を遣われてるのか、手出し不要と思われているのか、大したことがなかったのか。人間として生きる一護をはじめ、石田にも、茶渡にも、織姫にも、尸魂界からの情報は入っていなかった。
借り物競争失格の罰ゲームとして、一護は文化祭の劇でシンデレラの意地悪な姉役を急遽あてられた。ピンクのドレスに身を包んだ一護の胸中はルキアの一件で未だすっきりせず、しかししかめっ面の姉役は観賞する者たちを笑顔にして、一護たちのクラス劇は特別賞を受賞した。
楽しい行事が終わり、月日は流れ秋が深まる。3年生のあいだに緊張した空気が漂ってくる。すっかり部長が板についた2年生たちの部活動を尻目に、一護たちは勉強に明け暮れていく。この先の努力が実れば、来春から一護たちは大学生になる。
(そうなったら。あいつ。どうするんだろ。)
あいつ―――ルキアの居ない日を、一護たちはこれから過ごして行く。それでも、一護や友人らには、はじめから何もなかったかのようにはならない。記憶を持っている一護たちには、ルキアが居なくなった痕跡が残る。彼女の形をした空白のようなものが、そこには在る。
それが寂しいだなんて、そんなこと。
思ってやらないからな。
絶対に。
高校のジャージを着てアホみたいにしっかりハチマキ巻いて体育祭楽しんで。あいつ、調査してた間、ちゃんと寝てたのか?クラス違うから授業中とかどうしてんのかわかんねえけど、船漕いでねえだろうな。時々廊下ですれ違うと意味有りげに笑って見せて。挨拶のつもりかよ。っていうか来るなら言えよ、浦原さんのとこ泊まってんの知らなかったんだぞ。いつでも来れるように押入れにカビ生えてないか確認して綺麗にしておいた俺がバカみたいじゃん。
「そんでさあ、一護って結局何引いたの?あの時」
「だから『どんぐり』だっての。競技抜けて公園まで行って帰って来ねーから失格になっただろ。そんでシンデレラの姉役やってんだっての。」
「それは、朽木の――いや、尸魂界の采配でそういう事になっているだけだ・・・。」
「そうそう、朽木さんの正体を知っている僕たちには、記憶が残っているからね。ゴールテープの向こう側で一護が破ったお題の内容を知りたいんだけどなあ。」
「ったく、いいだろなんだって。くだらねえ。お前らこの話何度目だよ!」
「・・・・・・・・・あのさぁ、もしかしてさぁ?俺ずっと思ってたんだけどさぁ?一護、『好きな人』みたいなのを引いちゃったとか?」
「・・・・・・だったらどうする?」
「えっ・・・マジ?!!一護!認めちゃった感じ!」
「・・・・・・・・・・・・うるせえな!嘘だよ!」
おわり