よくできました
現世の祭りは華やかだ。色とりどりの浴衣、豪華な花火、射的に金魚すくいに輪投げの出店。わたあめにリンゴ飴に焼きそばにたこ焼きにかき氷にくれーぷに人形焼き。
「食いもんばっかじゃねーか!」
隣で歩く一護は私の訴えに吹き出した。失礼な奴だ。奴は人混みの中、身長差のある私の耳に届くようにご丁寧に大きな声で話してくれるから、いい雰囲気のはずなのにいつもと変わらない調子のような。それでも、はぐれないようにとしっかり握られた右手が、今の私と一護の距離感を物語っている。
自分では分からないが、振り返った一護が「キョロキョロしすぎなんだよ」と手を引くから、私はどうやら相当余所見をしているらしい。しかし可愛い出店に目を奪われ足を止めてしまうのは致し方ないと思わぬか?
そう!私がたとえ老女になっても、もし男の子であったとしても、チャッピーが可愛いことは普遍の真理!小さな指輪にちょこんと着いたうさぎ。なんとかわいらしい!
しかし私は、店主に目をやり身構えた。
眉が濃く唇が厚く、彫りの深い印象的な顔。良く日にやけた肌。となりでスマートフォンをいじる、彼女の息子と思しき男の子と交わす言語は、間違いなく日本のそれではない。
異邦人か…
話しかける勇気のない私は、一護に手を引かれるままにその場を離れた。
「良かったのかよ?さっき足止めてただろ。」
一護はいつも、こうして過去形で私に問う。気づいたならその時に言ってほしい。今更な気遣いだ。私はゴミ箱にラムネの瓶を投げ棄てた。瓶同士がぶつかったガラスの音は、「別に」という呟き言葉を消す。
「…何か欲しいなら買ってやるけど」
本当か?!
なんてな。そうやって以前の私は甘えたのだろう。でも今の私は無邪気に甘える方法を忘れた、ただの可愛くない女だ。
「…そんな風にこちらの様子を伺うのではなく、さり気なく買ってやるくらいの男気を見せたらどうなのだ」
「……え」
…しまった、八つ当たりだ。よくわからない臍の曲げ方をしてしまった。まずいな。一護、怒っただろうか。正直、喧嘩するほど仲がいいと揶揄われるのはもう嬉しくない。
ところが一護は一寸の間をおいて、笑った。
「てめー、俺がそんなことできる奴だと思ってたのか?」
しかめ面はそのままに、不器用な顔で笑うから。
一護の顔が面白いという友人の言葉が今ならよく分かる。私も笑ってしまった。
私たちは何もかも違う。言葉にしなければ伝わらない。しかし言葉にしようとしても、私自身、一護にどうしてほしかったのかはわからない。
私が勝手に、自分が出来ない事に落胆し、一護の心遣いに今更だと拗ねて、察して欲しいと駄々をこねた、それだけのこと。私は私の気持ちすら、150年も生きているのに、時々うまく扱えない。
それでもいい。一緒に笑ってくれる一護と共に在れるだけで十分。言葉足らずで不器用でも、きっとうまくやっていける。
「本当についていかなくてもいいのか?困ったら俺を呼べよ?」
「本当にしつこいな貴様は!これは私の戦いなのだ…行ってくる。貴様は手を、いや口を出すな。」
勝負の場所。団扇で涼をとる店主と視線を合わせる。手作りの品の中からお目当てのものをそっと掴むと、彼女とその息子が私を見た。
「…こ、これを、ください」
情けないほどに震えた私の声に、店主は何だか既視感のある笑みを浮かべて腰を上げた。彼女の座っていたパイプ椅子は、尻の形にはっきりと凹んでいる。
「ひゃくごじゅうえん」
幼く柔らかい男の子の声。
あ、思い出した。一護の家のてれびで、この前観た肖像画の微笑だ。
眉の濃いモナリザは、取り出した透明の袋に、そっと私の手から取り上げた商品を梱包して微笑んだ。
「カワイイネー。ありがとー。」
「一護!!買えたぞ!!」
祭りの終わり、帰路につく人々から逸れた木の下で待ってくれている一護に報告する。
「やったじゃねーか」
「ああ、店主も片言ではあるが日本の言葉が分かるようでな、彼女の息子は最後に手を振ってくれた!店の手伝いをしている良い子だったぞ!」
「よかったな」
「ああ、言葉が通じるか分からなくて迷ったが…よかった。まだまだ、やってみなくては分からぬこと、きっとたくさんあるのだろうな…。」
心なしか、指輪の先のうさぎも微笑む。
「つけねーの?それ」
「んー…せっかく包んでくれたしなあ。でも…そうだな、せっかくの祭りだし…。」
本当に、簡単な造りのものだ。細い針金で丸めただけの。それでもこんなにも、こんなにも私は嬉しい。
セロテープを剥がして指輪を出すと、小さなそれを一護が摘んだ。
「あっ、何をする」
「着けてやるよ。手…左手。ほら出せ。」
「別に…自分で着けられるわ…」
など言って素直に手を出す私は相当浮かれている。
「バカ、ハイタッチじゃねーよ」
「え、あっすまぬ」
「まあいいけど」
なんだか分からぬが、一護もずいぶん嬉しそうで良かった。勘違いして垂直に差し出した私の手に、うりゃ、と軽く手を合わせてくれる。そして、一護は私の手を取った。私の手よりずっと大きな一護の手が、小さな小さな指輪を、私の…おい、そこは私の、薬指なんだが。現世で薬指って。
「…ちょっとでかい?まあ、落とさないように…握っときゃいいか」
「……おい、貴様。一護…おい!」
ぎゅっと握られる左手。そんなことしたら、せっかくのチャッピーが見えない、私と一護の手は、お互いなんだかよく分からない汗が吹き出してベタベタで、チャッピーはきっととてもあついだろうに、可哀想に。
こんな風に照れるくらいなら、しなければいいのに、莫迦者め。いめーじ作りはどうしたのだ。ますます私は、お前に無邪気に甘える術を思い出せなくなっていってしまう。
結局、繋がれた手も、真っ赤な耳も、フワフワした沈黙も、黒崎医院に着くまでずっとそのままだった。
おわり