ヒヨッ子の春


「胸が苦しい。」
「え・・・。具体的には。」
「具体的には?そうだなあ・・・。」
深刻な顔をする浦原とは対称的に、ルキアはのほほんと羊羹を口に運ぶ。
春限定の桜味は美味いといえば美味いが、桜餅を食している気分になる。まあ美味いのだが。濃茶が欲しい。
桜花漬けを飲み込み、ルキアは最近の諸症状を包み隠さず打ち明ける。

すると、途端に浦原はため息をつく。そうかと思えば、「うぇへへ〜」なんて気持ち悪い笑みを浮かべるではないか。
「恋っすね!」
「はあ・・・?適当なことを言うな。義骸の不調は考えられぬのか?」
「いやいや、どう考えても恋でしょ。お相手は黒崎さんか〜!へえ〜朽木さんがねえ〜!」
「莫迦げたことを。私が一護に恋など・・・」
言いかけて、ルキアはとたんに恥ずかしくなる。恋という言葉を口にしただけで頬が熱い。
目の前の浦原の「ほぉ〜?」と言う顔が憎たらしい。スネを蹴り上げてやろうか?



今日から半月ほど前の休日のことであった。
ルキアは部下の隊員たちと、話題の甘味処に出かけていた。年頃の――死神換算で年頃の女が数人集まれば必然的に恋の話になり、ルキアは「隊長代行の朽木さんは死神代行の黒崎さんのことをどう思っているのか」と尋ねられた。
それは瀞霊廷通信のインタビューや隊の宴会でも、何度も経験した問いかけであり、
「一護のことは好きですが、貴方も好きでしょう?」
と答えれば、
「当たり前ですよ、あの黒崎一護ですよ!滅却師が攻めてきた時ボクは瓦礫の下で怯えていたのですが云々」
と言った具合に返答があった。
英雄の一人となった黒崎一護は、ひとりのおなごのプライベートまでばっちり護っていたのだった。

だからその日も同様に答えた。「一護は気の合う友人だから勿論好きだよ」と。
しかし年頃の女の子たちというのは――もちろんルキアも年頃の女の子に入るのではあるが――譲らない。
「そういう好きとかどうかは今聞いてないですから。」
「9番隊の同期が言ってましたけど朽木代行っていっつもそう答えてるんですよね?」
「人間としては私も勿論好きですよ、たくさん助けてもらいましたもん、でも朽木さんは!恋愛的に!どうなんですか!」
甘味処が個室でよかった。全席完全個室万歳。
真っ赤な顔で興奮した女子の鋭い眼光に射られ、ルキアの鼓動が早くなる。あとはもう吊り橋効果だった。ルキアは一護に恋してしまったのだった。

なんて火照りも時が経てば落ち着き、ルキアはその晩朽木の自室で、数時間前の出来事を思い出し一人で笑った。
あの場は「惚れそうになることもあるが、まあ、まあ、まあ・・・」と切り抜けた。思い出すとひたすらおかしい。何に照れているのだか。もう誰かに話したくてたまらない。兄様、恋次、ちよ・・・いやいや、これは一護本人に伝えようと思い至った。
頭の中でどのくらい美化していたかを伝えるために、ルキアは渾身の絵図を仕上げた。

しかし伝令神機のカメラでは写りが悪い。そこで、メールに画像を添付することはあきらめ、紙を直接を送ることにした。
本日の経緯を便箋に綴り、絵図を同封。作業が完了したのは深夜2時近かったが、ルキアは達成感と高揚感に包まれていた。

翌日の勤務が眠気との戦いだったことは言うまでもないが。
ルキアは地獄の事務仕事にウトウトしながら、手紙を渡す方法を考えていた。もちろん自分で穿界門を開いてもよいが、誰かに色々聞かれても面倒だし・・・。そこで、休憩中に浦原喜助に連絡をしたところ、『夜一さんが遊びに行くというので渡してくださいな。これぞホントの黒猫大和、にゃんちゃってー(猫の絵文字)』と返信があった。色々面倒なので『わかった』とだけ返信したルキアは、その晩朽木家に忍び込んで集荷に来た夜一に手紙を託した。


数日後、すっかりほとぼりの冷めたルキアのもとに一護からメールが届く。22時42分。伝令神機を見ながら「次の休みは現世に行こうか」と考えていたところだったので、これ幸いとルキアはすぐにそのメッセージを開いた。
そして、途中まではいつも通りの近況報告を読んで、最後の一文を読んで固まった。



・・・・・・
・・・
それと、この前のはなんだよ。そのまま惚れてくれてもいいけど。



瞬間、ルキアの首筋には一気に熱が集まった。
(いやいやいや!そういうつもりではない、断じてない!だが・・・これはどうすれば・・・。)

メールで一護が言っているのは、手紙のことだろう。しかしイメージを大切にする一護がこんなことを文字に残すだろうか。
どうせ少し経てば、「あれは啓吾が勝手に」だの「酔って変なこと言った、ごめん」だの連絡がくるのだと平常心を保つ。

・・・・・・。

待てど待てど、一護から再び連絡が来ることはなかった。翌日も、翌々日も、同様であった。しかし自分から「あの一文は・・・」など尋ねる勇気をルキアは持ち合わせていない。一護のメールの要件自体もいつもの近況報告であったので、結局メールは返信せずに本日の休みを迎えたのだった。
胸のつかえはとれぬままに。


気の置けない仲間であった一護。それなのに・・・。正直、今日のルキアは一護に会いたくなかった。どうすればいいのか、わからなくなる。
浦原商店の縁側に逃げたルキアは、ひとり渋い茶を啜る。
(恋、か)

本当のところ、何が恋なのかなんて、よくわからない。恋なんて目で見えるものではないからはっきりしない。いままでの百数年で恋をしたのかと顧みても、ルキアは首をひねるばかりである。今日は自室の机の上で日光浴をしている副官章。その、かつての持ち主に対する気持ちだって・・・・。

目を伏せる。
鯉伏山にて肌で感じた陽気を、いま、胸の内に感じる。このような気候では、北国の氷も融けよう。そしてやがて、春がやってくるのだ。


情けない一護。自分がいなくてはピィピィ鳴いてしまう一護。それでも立ち上がった力強さに、尸魂界は救われた。
「ヒヨコが1匹、い・・・ヒヨコが2匹、ヒヨコが3匹・・・」
ルキアは一護をヒヨコに例えて自らを落ち着かせる。
私は一護の何なのだろう。一護は私をどう思っているのだろう。あの一文をどんな顔でどんな気持ちで打ったのか。スマートフォンの小さな画面を滑る一護の指を想像する。それだけで、喉から胸にかけてがぎゅうっと痛くなってゆく。
これが、恋なのか?
「一護が30匹、一護が31匹、一護が32匹・・・」



『今週末は夏日になるところも出てくるでしょう』
居間のテレビの音が、縁側のあるこの部屋までわずかに届く。
それと同じくらいの大きさで耳に届くルキアの呟きを、一護は彼女の背後で聞いていた。


ある日、一護の元に異世界の友から手紙が届いた。それを読んで可笑しくてしょうがなかった一護は、彼女に同じくらいの衝撃を与えて笑わせたかった。ルキアに嫌われていないことは分かっていたから、冗談のつもりだった。バカにされても良し、笑われれば尚良し。
しかしルキアからは返信がなかった。関係が今更気まずくなることはないはずだったが、不快な思いをさせたかと一護は不安な日々を過ごした。

だから今日、浦原喜助に誘われて来た先で、耳まで赤くして「一護が52匹、一護が53匹・・・」と数えるルキアを見て、どうやら嫌われてはいないらしいことに一護はほっとしている。そして安堵と同時に、開花を促すあたたかい風のようなものが一護の胸の内を駆け抜ける。

これが、恋なのか?
一護は自問する。ルキアにとって自分がどんな立ち位置にいるのかは、よくわからない。
それでも、おかしな出来事を絵や文に書いて送ってもらえるのは嬉しいと思う。
そして、夜中に一生懸命机に向かうルキアを想像すると愛おしいとも思う。

これが恋なら。受けて立とうじゃねえか。

まったく周囲を気にしていないルキアは、肩を叩かれれば驚くだろう。そしていつものようにきっと間抜けな悲鳴をあげる。
想像だけで一護は楽しくなる。でも、ひとりでほくそ笑むより、二人で笑いたい。
一護は、小さく震えるルキアの肩に手を伸ばして――――、





商人は呟く。
「春ですねえ」
黒猫は応える。
「暑くなるのももうすぐじゃな」


幾年を越え、それは発芽し、春を迎える。


おわり

20180430

お題がやりたい!と思い、お題サイトを検索し、やる気満々で書きあげたものの、何度読んで微修正してもしっくりこなくなり・・・。最終的にお題に沿わせることはあきらめました。笑
一護とルキアは色々な感情の糸で繋がっていると思うのですが、その中に恋愛の糸があるといいなと思うし、私の創作物はげんさくのせかいせんでない限りたいていのものでは恋愛の糸があることになっているのでよろしくおねがいします。