入眠儀式
ルキアの寝起きが悪いというのは、居候されていた時から知っていた。学校がある日はきっちり支度をして押入れから出てきたことが多かったが、休みの日はメシを持ってくるまで寝ていたり、起きてもしばらくはぼーっとしてた。血圧低いのか?
「よく眠れない体質なのかもしれない。」
「…へえ」
電気を消して目を閉じてしばらくしていると、ルキアがつぶやいた。ちらりと目を開けて窺うが、いきなり開けた目が暗闇に慣れていなくて、表情がわからない。
「変な夢とか見るのか?」
「…わからん。でも…深く眠れていないと思う。」
昔は衣食住のままならない戌吊で暮らしていたと聞いた。その癖が抜けないのだろうか。もしくは疲れているのかもしれない。最近仕事が大変と言っていた。純粋な忙しさによる身体的な負担と、業務に追われる精神的な不安が、きっと結構……大変なんだろう。社会人にならないと、あまりわからない。
「仕事、たまには有休とか使えねえのか?」
「使えないわけではない…でも、なかなかなあ。仕事も、誇りであるけれど…浮竹隊長が倒れられて、少し忙しくて。副隊長だから隊長業務ができなくてしょうがないと言われると、ほっとするし、情けないと思うし、よくわからなくなる…」
はー、とルキアはめずらしく長くため息をついた。明日は休みだったが頭の中ではもう休み明けの仕事の段取りを考えているのかもしれない。
ルキアの身体が眠りについても、きっと頭の中では小さな小人が今日の出来事を整理して、仕事のふりかえりをして、次の業務を準備している。
細い身体に責任がのしかかる。
俺はそれをとりはらうことはできない。
ルキアの責任は、ルキアにしか昇華できない。
「…社会人おつかれ」
「…なんだそれは。褒めているのか?」
「おう」
ふーん。まあありがとう。
ルキアは大して感謝していないであろう言葉をつぶやいてから、ごこごそと移動して人の布団に潜り込んできた。
「なんだよ?じゃま」
「えっ嫌か?なら戻る」
「…そんな簡単に折れんなよ」
「ふふ、では遠慮なく」
盛り上がった部分がこちらに近づいてくる。布団を持ち上げて移動しやすくしてやると、ルキアは俺の腕の上に頭を乗せた。反対の腕を背中にかけ回してやると、安心したようにほうっと息をついたのがわかった。頭の位置を変え、顎の下にフィットさせてくる。この体制がルキアは好きらしい。
「前に現世で読んだ本に、こうしている描写があった」らしく、それを理由によくひっついてくるが、俺としては滑らかな髪が肌に触れてくすぐったいのでやめてほしい。だいたいこう、ぎゅっとされて熱くないのか?こいつは。今は冬だからいいけど。夏どうしてたっけなあ。
眠れないのか手持ち無沙汰なのか、ルキアは俺のパジャマの裾をめくったり伸ばしたりして遊んでいた。早く寝ろ。腹を触るな。撫でるな。
「アホ、何してんだ」
「引き締まっているなあと思って」
「くすぐったいわ!」
このやろう!
文句を言うと機嫌良さそうに、ふふ、と笑う顔が、それでも暗闇の中少し疲れているように見えて、甘えたいんであろうルキアをぎゅーと力を入れて抱きしめてやれば、きゃあ!と足をばたばたさせる。じゃれてるつもりだろうけど、お前の足の先、脛に当たって地味に痛い。チビめ。
恋次が言っていた。
ルキアはなんでも背負うから、と。
ちょっとずつ俺らの肩に、ルキアの背負っている色んなものを、かけていってやろう、と。
甘えることができない奴に、頼れなんて無責任なことは、言えねえよな、と。
どうすればいいか一緒に考えたり、仕事をしていないときにほっとできる居場所をつくったり。所詮人間で子供でしかない黒崎一護のできることなんてそれくらいしかない。でも、そういうことでいいんじゃないのか。
ルキアと40年以上の付き合いの恋次が俺の背を押してくれたから、俺はルキアに向き合っている。
できることなんて、本当にこれくらいしかない。抱き合って安心させることくらいだ。でもいいかな。お前のいまいち頑張りきれないところも、失敗したところも、否定しないで全部受け止められたらいいと思うよ。
いつの間にかルキアは眠っていた。
明日は休みだから、できるだけ深く、長く眠れるように。ルキアの髪にそっと口付けて、指を絡め合って、俺も目をとじた。