家に入るときに言う言葉なんてない。食事を取るときに挨拶をしなくなった。おやすみを言う相手もいない。
一人暮らしはそういうものだ。

そういうものなのか?

べつにそうじゃなくてもいい。でもひとりごとになる。それがさみしくて結局言わなくなってしまう。宙に浮いた言葉を自分で回収しなくてはならない。
だから目と鼻と口があるものに脳内で生命を宿す。ルキアが数ヶ月前に来たときに置いていったうさぎのぬいぐるみ。帰省したときにゆずが鞄の中にねじ込んで来たぬいぐるみ…これはカッパか?この部屋に魂は一つでも心の中では誰かとともに。なんてな。

「あほらしー。」

寝るのが遅くなっても咎める人はいない。数日髭を剃らなくても誰にもなにも言われない。自由を手に入れたかわりに失ったものを思って悲しくなる。ホームシックかよ、くそ。
失ってなんていないのに。ただ、距離ができただけで。大事なのは心の距離の近さだと漫画でもドラマでも小説でも映画でも音楽でも、散々見て読んで聴いてきたけれど、物理的な距離ができただけでこんなにしんどいぞ、俺は。



半月前にゆずとかりんが遊びに来たときに久々に3人で出かけたときに行った水族館。高校生になったくせにきゃあきゃあ騒ぐゆずと、大人しくしながらも興味あるものは水槽に張り付いて観るかりん、2人といるのがやけに楽しくて、暗い室内に浮かぶ照明はまるでオーロラだった。
帰りの車の中で、ルキアちゃんとか織姫ちゃんも誘えばよかったねと珍しく楽しそうにかりんが呟いていたのを覚えている。かりんはそのうちいつの間にか後部座席で寝ていた。部活が忙しいのかもしれない。
「ルキアちゃんて…お仕事忙しいのかな」
助手席でスマホをいじっていたゆずの声は、いつもより落ち着いていた。
「最後に会ったのいつ?」
「年明けて…あいつの誕生日じゃねえ?」
「…なんかさあ、ルキアちゃんって、」

もう少し会いに来てたっていいのにね。



ゆずの言葉を思い出すとわけもなくさみしくなって、どうにもならなくて、妹たちと行った水族館に足を運んだ。ひとりで。でも、照明はオーロラにならない。さみしくやさぐれた大学生が、暗い水槽に反射していた。周りの家族や団体の、嬉しい、幸せ、楽しい、そういった感情にあてられる。長居できない。俺がもし金魚なら、酸素を求めるように、今まさに水面に近づこうとしているのだろう。胸がつまる感覚だった。

成人して、みんな現実を見るようになって、夢とか希望とか、キラキラした言葉は色あせてゆく。死神の力はそのまま残っているけれど、バイトや就職の面接で役立ちはしないし、現世で生きる決断をした以上、きちんとした職につかなくてはいけない。いや、べつにフリーランスだっていいんだけど。でもフリーでなにをするんだと。霊媒師とか?なんだそれ。ドン・観音寺かよ。
井上は看護師で、石田は医者で、チャドは公務員って言っていた。目指す道。みんな目の前に道があるのか?どうやってつくったんだ?自然と見えてくるのか?どうしようもなく、自分だけがいつまでも今にしがみついている。
しがみついてなにかをしたいでもなく。
山ほどの人を護りたいと誓った高校生のはじめの俺は、今の俺を軽蔑するだろうか。
そしてあいつは?

「一護」



「…え」
「驚いたか?」
薄暗い空間で振り返れば、そこには数ヶ月ぶりのルキアがいた。幻覚、幻聴、いよいよ寂しさが限界かと思ったけれど、まぼろしであれば手くらい握ってきてもいいからこれは現実。
「かりんから、水族館の話を聞いていてな。楽しそうだから来てみた。」
「来てみたって…んな簡単に?」
「働きづめは、よくないのだよ。頑張りすぎても、その先を思い描けなければ虚しいだけで…。」
「…?おまえ、なんかあったのか?」
「べつになにも。…あ、強いて言えば。貴様に会いたくなったからかなあ。」
冗談でもいい。嘘でもいい。お世辞でもご機嫌とりでも、もうこの際本当に幻聴でも、なんでもいいや。

ゆずとかりんと、ついでに親父と。チャドも石田も井上も、たつきも水色もケーゴも。恋次や白哉、浦原さん、夜一さん。
家族や友人や仲間の愛情を俺はたくさんたくさん知っている。知っているはずなのに、愛情に飢えてしまう。与えられても、ザルのようになった心にはなに一つ溜まらない。欲しいよくれよとやけになるから、誰かに優しくできなくなる。誰かの心が愛情で満たされることが、悔しくて怖い。心に穴が空いている俺は、欠陥品なのだろうか。
失うのが怖いと泣き叫ぶ、心の中にいる子供の自分が、手に持ったスコップで地面を掘っていく。やめろよ穴が空くだろ。わかっているのに、子供は、愛に満たされた人が羨ましくて、目を逸らそうと逸らそうと、深く深く穴を掘る。
俺がしてほしいのは、その子供の俺を、いつまでも全肯定して慰め寄り添ってくれることだ。こわくないよと、途切れることなく愛情を注いでほしい。疲れたときに抱きしめて、眠い朝には叩き起こして、眠れない夜は頭を撫でて。
バカみたいだ。
俺は何年生きてるんだよ。
甘えるなよ。
でも。

「…ルキア」
「ん?」


「ずっと一緒にいてほしい」


for better or worse




こんな俺は太陽にはなれないけど、おまえが雨に泣く日は傘をさすから。雨が止むまで2人で待っていたいんだ。

薄暗い空間を照らす照明がルキアの黒髪を虹色に染め上げていた。さっきまでただの明かりだったのに、魔法みたいだと思った。光に包まれたルキアは手を取って、何を今更と笑ってくれた。
そんなルキアを、いつか俺が幸せにしたいよ。



おわり

20171001

ぷらいべったーに投稿していたものを少し改変しました。こんなの一護じゃない選手権にエントリーできそうな弱気な一護。妄想なのでご容赦ください。雨とか太陽とか月とか傘とかのたとえは、一護とルキアだけを表すことでは決してないと思いますが、妄想なので。。。
現世組の将来は私の妄想です。織姫は助産師とかのがいいかもしれない。六花を使ってもどうにもならないこと(命の誕生)を自分の手で助けたいと言ってくれたらいいな〜と思っています。石田は安定の医者、チャドは重霊地の空座町に少しでも貢献しようと公務員になってほしい。安定系男子。もてそう。私はチャド好きです。
つきあうなら恋次(結局は全部から護ってくれそう)>チャド(寡黙でまじめでマッチョ)>(越えられない壁)>一護(かわいいしかっこいいけどメンタルが弱そう)>石田(家事に口出ししてきそう、理屈っぽい)