砂金探し


「ルキアが好きだよ」

一護にそう言われてから、私は一護を避け続けた。簡単なことだ。もともと尸魂界と現世なのだから、私から会いに行かなければいいし、一護が来たときは仕事中だと言えばいい。実際副隊長の業務は忙しくて、現世に遊びに行く機会もずっと減ったし、近頃は合同演習の取りまとめで休日出勤した日もあったから、会えないのはあながち嘘ではなかった。

仕事が忙しくてよかった。
そう思うと、女としてとか友達としてとか関係なく、私は最低な人間…いや、死神だった。仕事が忙しくて会えないことが最低なのではない、それは仕方がない。死神であることは私の誇りだ。
でも、仕事を理由に、まっすぐ向き合ってくれた人間から逃げられてよかったと思ったことは、仕事に対しても、目をそらさなかった一護に対しても、申し訳なかった。

「だから私は…そんなだめな死神なんだ。」
避け続けたのに、一護は朽木の屋敷にまでやってきた。兄様は私の味方ではなかったのだろうか…、いや、味方だからこそ一護を私の部屋へ通したのか。なんにせよ、私の目の前に一護がいるのは幻覚でもなんでもないので、とにかくこの場をどうにかしなくてはならない。
どうすれば逃れられるのか、そもそも逃場なんてあるのか、なぜ私が逃げなくてはいけないのか、一護が諦めてくれればいいのではないか……。

私はずっと、向き合うことを恐れている?

「ルキア、おい。」
一護は強い。力ではなく、心が強い。ピィピィ泣くなとバカにしたこともあるが、いつだって一護は私の頑なな心を絆す。私の意見は全て却下だと言ったかと思えば、尸魂界に残りたいという私の言葉を否定しなかった。相反する態度に思えて一時は拍子抜けしたが、一護は私の気持ちを尊重しているからこそ、建前を崩してくれたり、背中を押してくれたりしていた。
「…お前はいつだって私のことを見てくれていたのだな。」
「はあ?」
「いや……。」

優しい奴だ。嬉しい。

だからこそ、私になんか相応しくないのに。

「帰れ。」
「…なんでだよ?」
「ここは、尸魂界だ。貴様の居るべきところではない!」
つい語気が強くなった。そして思う。居るべき場所なんてあるのだろうか。ここは、私の居るべき場所なのだろうか。
居場所なんてつくればいいのに。そんな言葉が頭の中で巡る。
自分から場所をつくることなんて本当は苦手なくせに、こんな時だけ都合のいい思考がうるさい。

「私は、護廷十三隊の副隊長だ!4大貴族朽木家の女だ!そして私は…死神だ!」

何を恐れているのかわからない。でも私は必死だった。

怖かった。一護に絆されることが。
せっかく得た副隊長の肩書きも、朽木の養女という立場も、誇り高い死神であることも、すべてが、すべてが一護の前では、崩れてしまう。何も持っていない本当の自分になってしまう。

「…関係ねーだろ」

怖い、怖い。私は、戌吊から必死で這い上がって、失った故郷の家族、恋次や兄様、海燕殿、浮竹隊長、隊の皆、屋敷の者、現世の友、たくさんの人に支えられてここまで堅実に年月を積み重ねてきたのに、たった1人の人間の存在によって、泣きたくなるくらい弱い子供に戻ってしまう、そんな感覚。

「私のことだからお前には、関係ない」
「あるだろ!俺の言葉で泣かれて、関係ないわけあるか!」

私は泣いていた。

「お前1番最初に言ってたじゃねーか!『死神ではない、朽木ルキアだ』って!てめーの地位も立場も住む世界も知ったこっちゃねえよ。俺が聞きたいのは、副隊長の助言でも、朽木家からのご意見でも、死神からの忠告でもねえ。俺は…ルキア、お前の言葉が欲しい。」
私は。

ずっとずっと堪えてきたし、努力もしてきた。成果が出ると嬉しくて、昔の家族に恥じないように、兄様が誇れるように、隊の皆の目標となるように…
それでも、たまに。本当にたまに、誰かに甘えたくなる。

「一護。お前はいつだったか、死神としての、強い私を呼び覚ましてくれただろう。お前が私を好きなのは、私が強く見えているからだ。」

本当は、私だって、凹むときはある。いつだって貴様の背を押せる、姉や母のような存在ではない。一護のことを好きになったら…、好きだから、思いが届いてしまったら、一日中、腕の中に閉じ込めてほしいと思ってしまう。雨の日は仕事をズル休みしたいし、休みの朝はいつまでも惰眠を貪りたい。深夜に出歩いて悪いこともしてみたい。
強い朽木ルキアという砂浜の中に隠れた、バカみたいな小さな想いの粒を、お前は探し出すつもりなのか。
できるのかもしれない、と思った。一護の光で、私を見つけて。

「強いルキアが好きだ。その強さを、昔の俺は目に見える強さでしかわかっていなかった。…でも、自分のやりたいことを言って、したくないことから目をそらすことだって、強くなきゃ…できないし…あーっと…そうじゃなくてさ」

一護はなんとか考え込んだ。話しているうちにわからなくなったらしい。
その、間抜けな顔だって、本当は

「…好きなんだ

…だから、どうだっていいよ、お前がなんだって…幻滅なんて、しねえよ」

一護は、ばっと腕を広げた。
「ほら」

その腕に飛び込みたいと言ったら貴様はどうするか。意外な顔をするか。嬉しそうに笑うか。

わからなかった。一護がそのまま私を抱きしめてきたから。

「…貴様はせっかちだな」
「……顔に出やすいんだよ、お前は」

私は安心して、泣きながら笑って言った。


「一護が好きだよ」


おわり

20171001

ずっと昔、三重のあたりに旅行した先のホテルで、砂金がとれるところがあったような気がしたのですが、あれは何だったのか。
1話でルキアが「死神ではない」といったセリフをずっと一護に言わせたいと思っていたので、ちょっと満足しました。
一護にとってのルキアは光に例えられますが、ルキアにとっての一護も光であってほしいと私は思います。
ルキアが言っている、一護が呼び覚ましたというのは、FTBのシーンのことです。