幼き私へ
一護が実家に帰ったときにCDを持ってきたらしい。久々に奴のアパートに入ると段ボールに積み込まれた四角いケースがたくさんあった。この丸い平らなモノを機械やパソコンに入れると音が出る仕組みはなかなかに面白い。そこからあいふぉんやらうぉーくまんに転送できるのだから不思議だ。
適当に選んだCDをプレイヤーに入れて、ヘッドフォンを借りて布団に寝転び、一護の帰りを待つ。最近は、一護はCDを蔦屋で借りてきて、パソコンに入れてその日のうちに返してしまうのでつまらない。それでもこうして暇つぶしをする道具を用意してくれる一護はやさしい。明らかに一護の趣味でない漫画が用意されていたりするときは笑ってしまう。退屈しのぎくらい自分でできるのに、嬉しい。
うとうとしながら何曲か聞いていると、ふいに聞き覚えのある曲になった。押入れに住んでいたときに、自分の気持ちを代弁してくれた気がした歌だった。力を無くしてゆく不安と戦いながら、巻き込まれてゆく一護を救いたいと願っていたあの頃。人間は、死神は、全ての命あるものは、自分の言葉にできない気持ちを歌い、聞き、自らを慰め、あるいは奮い立たせているのかもしれない。
もっぱら私は歌を歌うのはあまり得意ではないから、こうして聞くほうが多い。そもそも現世の音楽の流行はあれよあれよと言う間に変わるから、せっかく尸魂界に持ち帰って覚えた流行りの歌も、次に現世に来たときにはカラオケのランキングから外れているのだ。対して一護は、歌は上手い…のかどうなのか、よくわからないが、茶渡のばんどの助っ人をしているらしく、よく鼻歌を歌っている。時々うるさい。ギターは昔から時々弾いているみたいだが、私の前ではなかなか弾いてくれない。ギターといえば、いつだったか弦を琴のように弾いていたせいで、一護から長々と説教を食らったことを思い出して笑ってしまった。
「何楽しそうにしてんだ?」
「ひっ!?……一護!帰ったのか!」
「んな驚くなよ…ヘッドフォンしてたせいで聞こえなかったのか?ちゃんとただいまーっつったぞ。」
慌ててヘッドフォンを外して、一護の手元を覗く。私が現世に遊びに来ても、一護がバイトや学校で遅くなるときは、必ず白玉入りのコンビニデザートを買って来てくれる。いいのに、と思いつつも嬉しいから現状に甘える。食欲の前に遠慮は皆無だ。
「何聞いてた?」
「え…なんだろう、適当に出したからわからん」
「ふーん。あとで俺も聴く。」
「へ!?やめろ恥ずかしい!」
「恥ずかしいって何だよ?そのCD俺のだぞ。」
期間限定わらび餅入りあずきパフェを開けながら少しだけごねた。当時の自分の気持ちを知られるようで、少し照れくさい。本当はあの頃、押入れの中で膝を抱えていた日もあったんだよ、一護。でもそれは、お前は知らないでいい。
「ルキアが1人でニヤニヤ笑うような曲なんてあったか?」
「違う。笑っていたのはあれだ…昔、貴様のギターを琴みたいに弾いてすごく怒られたことを思い出したんだ」
「……いつ?」
「忘れたのか!?私が兄様たちに連れ戻されるすこし前くらい…だったと思う。夏だった。貴様が湯浴みしている間に弾いていた。」
「あ〜………思い出した。お前が珍しくしおらしく謝った時だ!」
「え…そうだったか?貴様が長々と怒ったことは覚えておるが、私がどうだったかは全然覚えておらん」
「俺、その時調子良くしてどうでもいいことも言った気がする…悪い、忘れてくれ」
「ふふ、長い説教だったし、内容まではいちいち覚えておらんから大丈夫だ」
気まずそうにチョコレートクレープを頬張る一護はかわいくて、こんなささいなことで幸せを感じられることが、とても嬉しい。
大丈夫だよ、あの頃の私。襖を隔てた先の一護の霊圧に癒され安心し無理矢理眠った記憶の中の過去の私を、現在の幸福で包みこむ。尸魂界という帰る場所も、一護の側という落ち着ける場所も、今の私にはあるのだから。いっぱいいっぱいだった私に、涙はいつか乾くのだと、未来は愛にあふれているのだと、今、あの歌を歌ってあげたい。
おわり