PEACE


「あ、やべえ」
寝起きのシャワーを浴びた一護は牛乳を飲んで、冷蔵庫の扉に貼った投票券に気づいた。一護の分と、どうやって年齢を改竄したのかは不明だが、現世で成人を迎えたことになっている朽木ルキアのふたり分。今日は市長選挙だった。すっかり忘れて、買い物に行くことになっていた。こういうとき、一護はサボることができるような性格ではない。まあ、買い物行く前に少し寄り道するくらいなら、ルキアも怒らないだろう。
浴室前の洗面台で髪を拭いて歯を磨いていると、ボサボサ頭のルキアが着替えを抱え、夢遊病のようにぼーっと歩いてきた。
「よう、ねぼすけ」
「うむ…」
そのままそこで羽織っていたワイシャツを脱ぎ出したので一応目を逸らした。こういうことを気にしないところが本当に困る。
外に目をやると晴天。洗濯機を回して布団を干している間に、ルキアもあっという間に薄化粧を施していた。ルキアは40秒で支度ができるタイプ…のように見えて、出先で「ハンカチがない」だの「すまーとふぉんを忘れた」だの言うから実際結構な手抜きをしていると思われる。洗濯物は干すという彼女の言葉に甘え、一護は身支度をする。ハンカチ、ティッシュ、定期券、財布、あとは身分証明書…スマホと予備のバッテリー。腕時計。鼻がむずむずすると、もれなく花粉症にかかっているルキアのことを考えてティッシュはもうひとパック。
「現世での買い物も久々だ!」
柔らかな風がルキアの髪を撫でる。副隊長でないときのルキアはただの女性だった。
「あ、そだ。買い物の前にさ」
ルキアに一枚の紙を差し出す。
「なんだこれは?」
「投票用紙」
「はあ」
「うちの市の市長選挙だよ。今日投票日なんだ。まあ、てめーにはあんま関係ないかもしれねえけどな。」
「あれか。朝8時くらいから『どうか、どうかみなさまの清き一票を!ありがとうございます〜〜!』って言っているやつか。」
「なんだ今の」
「真似たつもりだが」
そんなことをしている間に投票所の小学校に到着する。珍しいのか、ルキアはキョロキョロしているので、一護は恥ずかしくて少し他人のふりをする。
ルキアは「私の眠りを妨げた奴には絶対に入れぬ!」と意気込んでいた。紙に名前を書くだけなのに、仕切りを挟んだ隣で幾度も深呼吸しているのが聞こえた。
「貴様誰に入れたのだ?」
「教えね。こーいうのは、他人に教えるようなものじゃねえの。」
ふうん、と引き下がるあたりそんなに興味のある話題でもなかったんだろう。それでも機嫌良さそうに目を細めるルキアは、春の陽光に照らされて、きれいだった。
「そういえば一護、腹が減らぬか?」
「まあ、朝メシ食ってねえしな。どっかで食べてから買い物行くか。」
「あ、だったら私はこめだのもーにんぐとやらに行きたい!!」
こんな、アホっぽいやつを、誰が、化け物と戦う死神だと思えるんだろう。
「ん?貴様笑ったか?」
「いや。」
平和だなと思っただけ。
噛みしめるような呟きに、そうだな、と優しい声が応えた。

20170425

選挙に行くイチルキ。幼いころは、投票に行って外食をするのが夢でした。世代がばれますね。
優しい人を好きになるのではなく、好きになった人が優しくてうれしい。好きになるのに優しさはいらない。そんな自然体で、(私の心の中の)一護とルキアには過ごしていてほしいなと思います。