来年もよろしく
「おにーちゃーん!」
こたつで転寝していると遊子の声が響く。
温かくて心地よくて覚醒するのが勿体なくて再び意識を手放そうとすると、またしても「おにいちゃんってばー!」と呼ばれる。
「ふあーい」
「もー!こたつでお昼ねすると風邪ひいちゃうって言ってるでしょー?」
菜箸片手におせち準備をはじめている遊子が腰に手を当てて俺の耳元で叫ぶ。
良い母親になりそうだなーとぼんやり考えたけれどうるさかったので上体を起こした。
「で、なんだよ」
「あのね、玄関に飾ってあったお正月のかざり、さっきお父さんが壊しちゃって・・・。」
「壊したぁ?!」
「ヒゲがうっとおしいかったからなぐったらそれにヒットだよ。」
割り込むようにして夏梨が出先から帰って来て、まったく、と溜息をつく。
この寒い中よくサッカーなんてできる。わが妹ながらタフだ。
「ね〜お願いお兄ちゃん、買いなおしてきてくれない?お正月飾り壊れたまんまじゃ縁起がわるいもの。」
「親父が壊したんだろ?自分で買いに行かせろよ。」
「お父さん、いじけて診察室から出てこないんだもん・・・。」
・・・・使えねえ。
この寒い中外に出るのも嫌だけれど、おせち準備をする遊子にも、帰ってきたばかりの夏梨にも頼むのは悪いし。
「どうかしましたの?」
騒ぎを聞きつけたのか、俺の部屋に閉じこもっていたルキアが今に降りてきた。
コンをはじめとした尸魂界の面々に年賀状を書いていたらしいが、そもそも尸魂界に年賀状は届くのだろうか。
「あのねルキアちゃん、お父さんがお正月飾り壊しちゃって。」
「壊し・・・?え、ええ、それで。」
「お兄ちゃんに買いなおしてきてほしくって頼んでたの」
「あら、そういうことですの。だったら私が買ってきますわ〜。」
「ほんとうー!?ありがとう!」
グッドタイミングルキア。ナイス遊子。
まったりとした口調の遊子と、猫かぶりを続けるルキアと、時々会話に入る夏梨の声が段々と遠ざかる。
眠い。
(せっかくだから、豪華なお飾りを仕入れてきますわ!)
(え、いいよ、普通のでいいよぉ。)
(そう言われましても、折角の新年ですし。)
(う〜ん、そうかなあ。)
(遊子、ルキアちゃんのとっておきってふだんルキアちゃんちが付けてるような貴族のだよ。ルキアちゃん、ここは町医者の家だから本当に普通のでいいよ。)
(夏梨ちゃん!せっかくルキアちゃんがうちのことを思って言ってくれてるのに〜。)
「おい」
呼びかけると、3人が一斉にこちらを向いた。
「ったく、しょーがねえな。いくぞルキア。」
「ん?あ、ああ。」
「お兄ちゃんも行ってくれるの?ありがとー!」
「あっ一兄、ついでに年賀はがきあと5枚買ってきて!」
インクジェットのやつ!夏梨の言葉にコートを羽織りながら、おー、と返事をする。
「いん・・・?何だ?」
「インクジェット」
こいつにはまだ難しい言葉だったかもしれない。
来年のルキアの目標はもう少し現世のカタカナを覚えるとかでいいんじゃないか。
「今年も一年色々あったなあ!」
飾りを仕入れ、コンビニで年賀はがきを買い、ついでにあんまんを買ったらルキアはすごく喜んだ。
遊子に黙ってこっそり買い食いするのは背徳感と空腹感が満たされて確かにうれしい気持ちになる。
「なんだかんだで早い一年だったなあ。」
「まーな。」
「貴様が大けがをしたり」
「人のこと言えねえだろ。」
「貴様が勉強で徹夜をして体調崩して寝込んだり」
「夏バテも重なったんだから仕方ねえだろ!」
「貴様が合コンとやらから帰って来て玄関で盛大に吐いたり」
「うるせえよ!あれは啓吾が・・・ったく。」
俺のことばっかりだし。
何が面白いのかルキアはくすくすと機嫌よさそうに笑っている。
本当に何が面白いんだか。
「あーあ、ろくな1年じゃなかったな。」
「そうか?」
「お前さんざん今言ってただろ。それに、1年の終わりがけに親父のせいでこんな寒い中買い物駆り出されてんだぞ。」
本当にろくなことがない。寒い。
少しでも温かいところを求めて手をポケットにつっこむ。
となりでルキアがふむ、とか唸ってる。
っていうかこいつこんな薄着で寒くないのか。
と、思っていたら、
ふいに、左を歩いていた黒髪が、いつのまにか左腕に寄り添った。
「なっ」
「これでもか?」
ふふ、と相変わらず楽しそうに、いや得意げに?
笑うルキアの手が、ポケットに突っこんでいた俺の左手を捉える。
冷たい指がからめられたのに、こめかみのあたりからじんわりと顔が熱くなる。
「これでも、ろくでもない1年だったと言えるのか?」
「・・・まー、ちょっとはマシになったっつーか・・・」
顔が赤くなってるの、ばれてるんだろうな。
どうすれば俺が機嫌を直すのかも知っている、誇らしげなルキアの態度に腹が立ったのは事実だけど、俺はそれ以上に舞い上がってしまって、ひたすら口をへの字に保つので精一杯だった。
そんな年の瀬。
「今年も世話になったな。」
「おー。お前は来年も居候続けるつもりかよ?」
「勿論だ。貴様こそ、来年こそはもう少ししっかりするのだぞ。昨年の今頃も『来年こそはてめえに言われなくともしっかりするよ〜』とほざいていなかったか?今年も私がどれだけ喝を入れてやったと思っているのだ。」
「う・・・来年も変わんねー気がする。」
「たわけ!」
おわり