神も知らない


東京の郊外に話題の手相占い師がいる、とテレビで特集していた。
なんでも今年米寿を迎えるおばあさんだが、胡散臭い感じは無く、毎朝自宅から職場まで電車通勤をしているというなんとも庶民的な人だった。
得意な占いは恋愛診断、運命の相手と出会える時期や結婚の時期、いま付き合っている異性とのこの先までまるで未来から来た人かのようにぴたりと当てるのだそう。
別名、恋のキューピッド。白髪の女性はそう言われて照れ臭そうに目を細めた。
そんな彼女がある日突然死亡した。原因は駅ホームからの転落。列車にはねられたわけではなく打ち所が悪かったせいで意識不明の重体となり死亡した。惜しまれる死だった。

駐在任務用に与えられたルキアの賃貸アパートは、その駅から徒歩数分のところにあった。
あの一件以来、駅には死亡した占い師の霊が見えるという噂が飛び交った。ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、その他もろもろのサービスでその怪奇現象は瞬く間に拡散された。そのせいか、花の金曜日の最終電車だというのに駅のホームは閑散としていた。
「じゃあな、ルキア」
一護は大学進学をして、今は一人暮らしをしている。大学の帰り、ルキアの「カレーを作りすぎた」という呼び出しに応じ、彼女のアパートで夕飯を世話になっていた。尸魂界の状況や勉学のこと、皆の近況報告などで話がもりあがり、気づけば今日が終わるころになっていた。
「気をつけろよ」
「おおげさだな。賃貸までは自転車で5分もかからん。」
その自転車だって、浦原商店の地下で乗れるまで特訓につきあったのは誰だと思っているのかと、一護はちょっと呆れた。

最終電車がやってくる。一護のアパートの最寄り駅まで彼を届ける、本日最後の運航便。
『2番線、列車が到着します、黄色い線の内側まで・・・』
2人の間に会話は無い。なんとなく、別れが惜しい。今生の別れでもあるまいに。
別れになってうまく言葉が出てこないのは、尸魂界で門をくぐる時や、死神の力が消えるときから、かわらなかった。2人とも。

ぷしゅー、とドアが開いて、明るい車内に一護が飛び乗る。
少しだけ混んでいる車内を見まわし、ドア横の手すりに手をかける。
言葉もなく、もどかしげに視線を交わす。

一護は、ルキアが駐在任務をすると聞いたときに、自分の狭いアパートの、押し入れを少し片付けていた。
一人暮らしするときに、第一条件として押し入れ付きの物件を探したのは、ルキアが来ても邪魔にならないようにするため、と思っていた。
つまり一護にとって、ルキアが自分のところに来るというのは完全な前提だった。
それなのにルキアは、駐在任務用に住まいが与えられたのだ!などと嬉々として報告してきたので、一護としては少し気持ちを持てあましている。
彼女に伸ばした、愛情なのか恋慕なのか庇護欲なのかよくわからない感情の矢印は、行き場を失ってふよふよと宙に漂っている。

『列車ドアしまります、閉まるドアにご注意・・・』
心なしか、ルキアの瞳が何か言いたげに揺らいでいた。
なんで言いたいことをそのときに言わないのだろうと、一護は思わずにいられない。
一方ルキアは、言いたいことが山ほどあるからこそ言葉にならない。
2人の感情はかみあわない。

ここで終わりじゃない、別れではない。メールでもラインでも文字を送れるし、電話だってかけられる。明日になれば合うことだってできる。
でも、今もどかしい気持ちがあるのに、自分たちの意思で別れをつくり出すことをこのままずっと繰り返したら、いつか本当に手を伸ばしにくくなる。

一護はひきとめないルキアを、ルキアは黙って去る一護を、お互い少しずるいと思った。
どちらも自分から言い出すなんてことはできなかった。
ドアがしまらなければいいのに。列車が発車しなければいいのに。

『お客様ー、駆け込み乗車はおやめくださーい』
酔っ払いの騒がしい5・6人の大学生だろうか、すんません、とへらへら笑いながら電車に駆け込んだ。
一護とルキアを一端閉ざしかけたドアが、再びひらいた。


学生集団を収容した列車は、がたごとと音を立ててさらなる郊外へと発っていった。
「・・・それで、なぜ貴様はここにおるのだ」
「いや・・・ほら、あれだ、整。あそこに。」
「お?本当だ。で、なんだというのだ。」
「えっと・・・そう、代行だけど俺はほら死神だし、な?現世を彷徨う整は放っておけない質だからな!」
「ふーん・・・。」
少しだけ寒い冬空の下、ルキアの目が冷たく細められたが、整をまじまじと見た彼女の頬がみるみる色づく。
「・・・お、おお!一護!あの方は東京のきゅーぴーだぞ!」
「キューピッドだろ。マヨネーズかよ。」
ホームの片隅に腰をおろし、寂しそうに座る白髪の女性は、まぎれもなく話題の恋のキューピッドだった。
霊感のない人間には全く見えないその姿も、2人にとっては容易に捉える事ができる。
幸運だなー、とルキアは喜んだ。
「てめ・・・まさか。おい、占いだって金かかるんだからな。相手死んでるんだからな。」
「そういえば貴様は占いが嫌いだったな。なに、相手が断ればそれまでだ。死神は神とはいえ、未来を見通せる能力は持ち合わせておらんからな。現世の最後の思い出づくりに、美少女死神のねがいの一つくらいかなえてくれるのではないか?」
「び、びしょ・・・?じゃなくて、手相なんて見てもらってどうすんだよ。れ、恋愛の占い師だぞ!お前なにを診断してもらう気かよ?!」
「貴様そんなことを気にしているのか?私はもう決めているぞ。」

どのくらい一緒にいられるか、みてもらおうではないか。

誰と、とか。どのくらいって、どういうことだとか。一緒にって、物理的な距離なのか心がなのかとか。
ルキアに聞きたいことは、色々あった。
でも、一護を見て悪戯っ子のように笑うルキアの顔がなんだか赤くなっていたから、何も言えなかった。
その笑顔がぐっと一護の心臓のあたりを苦しくさせて、ああこれが幸せなんだなと一護は他人事みたいに思ってから、熱くなる顔を反らして、おお、とだけ呟いた。

2人の吐く白い息は、紺色の夜空に溶かされた。



その夜一護は、占いを少し信じてみようと思った。

おわり

20141109

twitlongerに投稿していたものを、サイト掲載に伴い加筆修正しました。
ぱすぴえの最終電車を聴きながら書きました。最終電車とON THE AIRがとてつもなく好きです。